ファルソ9が再定義された夜:2009年5月2日

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リベロの河童
投稿者: ( 河童戦術ブログの管理人 )
公開日:2017年08月11日( 2か月前に投稿 )

メッシを有名にしたファルソ9というポジションですが、実はメッシが最初のひとではなくペップが発明したわけでもないんですよね。この概念は数十年前からすでに発明されておりましてそれを現代サッカーに落とし込んで再定義することで世界一のチームになったのがペップバルサということです。この事について『ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう』では以下のように記されています。

ファルソ9(ファルソヌエベ/偽りの9)はペップの発明ではない。古いメモリーから引っ張り出してきたもので、アルゼンチンのアドルフォ・ベデルネラの時代から存在していた。彼はリーベル・プレートのラ・マキナ(機械)と呼ばれたチームのリーダーだった(1936~1945年)。そして、最初にこのやり方を導入し、世界に広めたのが50年代に大活躍したマジック・マジャール(ハンガリー代表)の主役ヒデクチ・ナーンドルだ。アルフレッド・ディ・ステファノ、ミカエル・ラウドルップ、フランシスコ・トッティのような選手たちも偉大なファルソ9である。しかし、ペップが古いメモリーから復活させて新たに命を吹き込んだ2009年5月2日までは、近代サッカーの主流とは言えなかった。

その日(5月1日)、過去のマドリーとの試合を何回も見直していた。すると中盤のグティ、ガゴ、ドレンテは、チャビとヤヤ・トゥーレに対して激しくプレッシャーをかけに行くが、センターバックのカンナバーロとメッツェルダーはGKカシージャスの近くに残ったままなので、中盤の選手との間に大きなスペースがあることに気づいた。とてつもない広さだ。さらに、2人のセンターバック間にも大きなスペースがあった。

このとき、すでに夜10時を過ぎていた。ペップはひとりきりでコーチたちさえ残っていない。薄暗い部屋の椅子に座ったまま、サンチャゴ・ベルナベウの広いスペースを自由に動き回るメッシを想像した。メッシの動きに戸惑い、エリア内で身動きが取れなくなったメッツェルダーとカンナバーロも想像の中にいた。

そして、気が付くと受話器を手に持ち、分析担当のスタッフやチームの知性と呼ばれるチャビにではなく、メッシ本人に直接電話をかけていた。「レオ、私だ。ペップだ。とても、重要な話がある。今すぐ来てくれ」と伝えた。

夜10時半、レオ・メッシが静かにペップの部屋のドアをノックした。ペップは映像をメッシに見せながら、「このスペースは、明日の試合ではキミのものだ」と示した。そう、ファルソ9のゾーン。そして、決戦前夜の指示を送った。

「レオ、明日のマドリー戦ではいつものようにサイドからスタートする。でも、合図を送ったら、相手中盤の背中にある、さっき教えたゾーンを動き回るんだ。レオ、いいか。チャビとアンドレスが中盤のラインを飛び越すパスを君に送る。そうしたら、ダイレクトにGKのカシージャスへ向かって行くんだ」

それは、誰も知らない2人だけの秘密だった。

 

そして2009年5月2日のレアルマドリー対バルセロナの試合では、試合開始直後はエトーがCFでメッシは右WGでスタートするも、数分後にはメッシが中央でエトーが右WGのポジションになっています。このメッシのファルソ9に対してまったく対抗できないレアルマドリーはどうすることもできず、バルセロナはアウェイで6-2と圧勝し、そして栄光のバルセロナの時代はここから始まりました。

そんな革命が起きた試合のフルマッチ動画をYOUTUBEで見つけたので今一度振り返ってみたのですが、当時はよくわからなかったことでも今見るとだいぶ理解ができるようになっていましたし、よく考えたらもう8年前なんですねこれ。

 

 

試合の映像を見ていただくとよくわかるのですが、メッシが中央のポジションを取るようになってから、マドリーのCBはメッシにつけばラインが崩れギャップが生まれそこをアンリやエトーに使われていますし、メッシにつかないとメッシがフリーで走り回れます。2017年ならこれでも対抗できる手段があるのかもしれませんけど、この戦い方におそらく初めて対峙したマドリーは混乱し対応ができていませんでしたね。

サッカーにはいくつかの『歴史が変わった瞬間』というのがあると思うんですけど、間違いなくこの試合もそれらのひとつに選ばれると思います。それだけこの試合でのバルサのパフォーマンスは革命的で素晴らしかったと感じました。こういう歴史が変わる試合って数年に一度、もしくは10年に一度あるかないかですので、もし興味のある方は是非おすすめです。

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