『日本人選手に足りないもの』←この表現やめてほしい

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リベロの河童
投稿者: ( 河童戦術ブログの管理人 )
公開日:2017年11月01日( 1か月前に投稿 )

日本メディアが好きな言葉というか、おそらく劣等感から来ているんだとおもうんですが昔からサッカー記事などで海外と比較して「日本人選手に足りないもの」という言葉をよく見かけます。で、実はこれにずっと違和感がありまして、どうにかならないものかと思っています。

スペインが日本人の鬼門だった“意外な理由”とは?柴崎獲得のヘタフェSDが分析/インタビュー (GOAL) – Yahoo!ニュース

一昔前まで、スペインは日本人選手にとって「鬼門」と呼べるリーグだった。

数々の日本代表プレーヤーが挑戦してきたものの、高い壁に跳ね返され続けてきた。イタリアにおける中田英寿や長友佑都、ドイツにおける香川真司や長谷部誠のように「このリーグといえばあの人」といった象徴的な選手が出てこなかったのだ。

■日本人選手に足りないもの

では、挑戦の絶対数以外に日本人選手たちに足りないものがあるとすれば、何になるのだろうか?

プラネスが口にしたのは「ピジェリア(詐欺、ぺてん)」「ピカルディア(悪意、いたずら、ずる賢さ)」という言葉……。いわゆる純粋なプレー以外の駆け引きの部分がカギになっているという。

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基本的に日本メディアは海外と比べて「日本人選手に足りないもの」という表現を使うのが大好きなようで、いたるところで見かけるんですけど、どうしてもこの言葉に毎回引っかかるんですよね。たしかにまだまだ世界でトップレベルの国と比べたときに劣っている部分はあるかもしれないんですけど、なんか気になります。例えば「日本の育成と違うもの」ならわかります。日本人選手とは違った特性を持っているのであれば、それを比較するというのであれば理解できます。

また、逆に「日本人選手のほうが上回っているもの」という表現を見かけることもまずありませんし。日本人選手の特性をピックアップし、それぞれの国の特性をピックアップして比較するといったメディアもほとんど見ることはありません。ほとんどが「日本人は劣っている。足りない、足りない、足りない…」という感じ。アジアでは現在でも最強でしょうし世界的に見ても相当上のほうにはなってきているんですけどね。そんなメディアが書くような酷い状態だったらそもそもここまで強くなってないでしょう。

過去の日本と比べたら育成は大幅に向上したでしょうし、選手の質もかなり上がったと思います。それでもまだ世界のトップには届いていないわけですが、そんななかでも徐々に近づいているとは思いますよ。

というかまず「足りないもの」というのであれば、最初に日本人選手の特徴をはっきりと理解し、それぞれの国の特徴を理解したうえで「日本とは違うもの」という表現で表してみてはいかがでしょうか。それなら見ている人に対しての印象も違ってくるような気もしますけどね。

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